リレー日記
かいこ
投稿日時:2018/11/14(水) 21:28
リレー日記をご覧の皆さま、こんにちは。3年の小川です。ここ数日、めっきり冷え込んできましたね。寒いのが苦手な方も多いと思いますが、ぼくはこのような少し肌寒いくらいの気候が好きです。外出時の服の選択肢も増えますし、何より快適にラグビーができます。日本の夏と冬の気候は僕たち運動部員には少々極端すぎる気がします。年の終わりも近づき、忙しい時期がやってきますが、体調にはくれぐれもお気を付けください。
さて、皆さまもご存じのとおり、我々は先日のプレーオフ1回戦を勝ち抜き2回戦に進出することができました。復帰したばかりのぼくはメンバー入りせず、グラウンドで喜ぶことはできませんでしたが、とりあえず先輩方、同期マネージャーの引退を延ばせてとてもうれしいです。今週の週末は念願の海洋大戦です。100%いや120%の準備とモチベーションをもって挑みますので、日記をご覧の保護者やOBの皆さまには越中島の海洋大グラウンドに足を運んでいただければと思います。
健太郎のふりに答えます。両親への感謝でしたね。両親には面と向かって感謝の言葉を述べるのはとても恥ずかしいのでできませんが、お世話になっていることは日々強く実感しています。中高と私立の学校に、そして大学にも進学させてもらい、進路に関してもぼくの意見を尊重してくれるなど金銭面でも人生設計においても両親には強くサポートしてもらいました。現在でも、頻繁に食事を作ってくれたり、時にはお小遣いをめぐんでくれたり、両親にはとても恵まれていることはわかっています。実家でともに生活していると知らず知らずに我儘を言ってしまいがちですが、将来的に独立したらきっとそのありがたみを噛みしめることでしょう。親孝行はその時にしますので、少々の我儘には目をつぶってくれるとありがたいです。
このようなコメントは恥ずかしいものですね。ついでに、せっかく親の話題が出たので、親との印象的なエピソードを一つ語ってみたいと思います。5年前、ぼくが高校1年生のとき、ぼくは反抗期真っ只中でした。特に母親と折り合いが悪く、毎日のように喧嘩をしていました。こと細かく覚えているわけではありませんが、きっと仕事で大変な状況であったのでしょう、母は些細なことにも言いがかりをつけて(少なくとも当時のぼくにはそう感じられました)、ぼくに怒りをぶつけてきました。ちょうど背が伸びて母を追い越し、高校生になって浅知恵をつけたぼくはそれまでとは違って真向から反抗していきました。あまりにも喧嘩しすぎたのか、内容が大したことではなかったのか、どうやって喧嘩になったのか今となってはほとんど覚えていないのですが、一つ強く記憶しているものがあります。ある晩、母は勉強がおろそかだとぼくを強く叱りました。高い金を払ってやって私立に行かせているのだからいい大学に行かなければダメだ、と。今思うとまったくその通りだったのですが、その時のぼくにはその発言が全く受け入れられませんでした。親の言うとおりに受験の塾に通い、私立進学校に通うこととなったぼくには親が敷いたレールに乗せられているという感覚があり、なんで金がどうこうというのかと思ったのです。怒ったぼくは母親の胸倉をつかみ、声を荒げて暴れてしまいました。それから数日間、母とは一切口を聞きませんでした。しかし、ある時気づきました。自分は親があらゆるときもぼくのことを尊重してくれる存在である、と当たり前のように考えていて母がそうでなくなったことが許せなかったのだ、ということに。母も自分と同じように自分の感情を優先させることもあるのだとわかったぼくは急に状況が受け入れるようになり、自分の行いを反省し、関係もそれなりに良くなりました。その時の経験からぼくは自分が納得いかないことを受け入れることを学びました。これが自分の人生のなかで一つの転機だったのかなと今になっては母親に感謝しています。つまらない話を長々としてしまいましたね。
思わぬ長文になってしまったのでこの辺で次に回します。隼も両親でなくてもよいので誰かに感謝の気持ちを述べてください。
それではまた次回。I'm looking foward to seeing you soon. Bye!
さて、皆さまもご存じのとおり、我々は先日のプレーオフ1回戦を勝ち抜き2回戦に進出することができました。復帰したばかりのぼくはメンバー入りせず、グラウンドで喜ぶことはできませんでしたが、とりあえず先輩方、同期マネージャーの引退を延ばせてとてもうれしいです。今週の週末は念願の海洋大戦です。100%いや120%の準備とモチベーションをもって挑みますので、日記をご覧の保護者やOBの皆さまには越中島の海洋大グラウンドに足を運んでいただければと思います。
健太郎のふりに答えます。両親への感謝でしたね。両親には面と向かって感謝の言葉を述べるのはとても恥ずかしいのでできませんが、お世話になっていることは日々強く実感しています。中高と私立の学校に、そして大学にも進学させてもらい、進路に関してもぼくの意見を尊重してくれるなど金銭面でも人生設計においても両親には強くサポートしてもらいました。現在でも、頻繁に食事を作ってくれたり、時にはお小遣いをめぐんでくれたり、両親にはとても恵まれていることはわかっています。実家でともに生活していると知らず知らずに我儘を言ってしまいがちですが、将来的に独立したらきっとそのありがたみを噛みしめることでしょう。親孝行はその時にしますので、少々の我儘には目をつぶってくれるとありがたいです。
このようなコメントは恥ずかしいものですね。ついでに、せっかく親の話題が出たので、親との印象的なエピソードを一つ語ってみたいと思います。5年前、ぼくが高校1年生のとき、ぼくは反抗期真っ只中でした。特に母親と折り合いが悪く、毎日のように喧嘩をしていました。こと細かく覚えているわけではありませんが、きっと仕事で大変な状況であったのでしょう、母は些細なことにも言いがかりをつけて(少なくとも当時のぼくにはそう感じられました)、ぼくに怒りをぶつけてきました。ちょうど背が伸びて母を追い越し、高校生になって浅知恵をつけたぼくはそれまでとは違って真向から反抗していきました。あまりにも喧嘩しすぎたのか、内容が大したことではなかったのか、どうやって喧嘩になったのか今となってはほとんど覚えていないのですが、一つ強く記憶しているものがあります。ある晩、母は勉強がおろそかだとぼくを強く叱りました。高い金を払ってやって私立に行かせているのだからいい大学に行かなければダメだ、と。今思うとまったくその通りだったのですが、その時のぼくにはその発言が全く受け入れられませんでした。親の言うとおりに受験の塾に通い、私立進学校に通うこととなったぼくには親が敷いたレールに乗せられているという感覚があり、なんで金がどうこうというのかと思ったのです。怒ったぼくは母親の胸倉をつかみ、声を荒げて暴れてしまいました。それから数日間、母とは一切口を聞きませんでした。しかし、ある時気づきました。自分は親があらゆるときもぼくのことを尊重してくれる存在である、と当たり前のように考えていて母がそうでなくなったことが許せなかったのだ、ということに。母も自分と同じように自分の感情を優先させることもあるのだとわかったぼくは急に状況が受け入れるようになり、自分の行いを反省し、関係もそれなりに良くなりました。その時の経験からぼくは自分が納得いかないことを受け入れることを学びました。これが自分の人生のなかで一つの転機だったのかなと今になっては母親に感謝しています。つまらない話を長々としてしまいましたね。
思わぬ長文になってしまったのでこの辺で次に回します。隼も両親でなくてもよいので誰かに感謝の気持ちを述べてください。
それではまた次回。I'm looking foward to seeing you soon. Bye!
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