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リレー日記

Know Who You Are

投稿日時:2026/02/04(水) 17:20




こんにちは。

新三年英語科の髙田喬太です。

怒涛の秋学期が終わり、成績も出て、一安心しております。





まずはりやの振りへのお答えから。




サブスク企画を思いついたきっかけから少しお話しします。
 


1年生の秋学期からほぼ毎日お弁当を作るようになりました。

部員の人たちと話していると、学食が少し高い、食べたいと思った時に食べられるものがないなどといったお悩みを聞きます。

だったら自分がお弁当を作る時に、ついでに彼らの分も作れればかなり解決するのでは?と思ったことがきっかけです。




というわけで部員向けのお弁当サブスク企画を本気で考えてみました。




【看板メニュー】鶏むね肉の照り焼き弁当


主な理由:


鶏むねは安くてたんぱく質が多い。


脂が少なくて、冷めても味が落ちにくい。




副菜はその時々で、

卵焼き、ほうれん草のおひたし、切り干し大根、など、

手間をかけすぎないものになりそうです。


なるべく旬の野菜を使ったものも入れたいですね。




料金プランは、


Aプラン:週5(8,800円/月)


Bプラン:週3(5,500円/月)


Cプラン:週1(2,300円/月)



*契約更新は月1毎にします。

*お弁当箱やお箸は各自用意していただきます。

*お弁当箱のサイズ等により追加料金がかかる場合がございます。

*回数さえ決まっていれば曜日は問いません。前日までに連絡を受けたら作ります。

*味は保証しません。頑張りはします。




以上が理想プランです。


やるかどうかは分かりませんが、ご意見等あればぜひ教えてください。





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先月、「二十歳の集い」に出席し、久しぶりに同級生たちと顔を合わせました。

今日は、あの日感じたもどかしさをここに記してみようと思います。






懐かしさが込み上げ、とても楽しい時間でした。

けれど、会話を重ねるにつれて、どこか噛み合わない感覚が残りました。


同じ時間を過ごしてきたはずの相手なのに、どこか慎重に言葉を選び、探り合うようなやり取りが続いていた気がします。





式が終わり、写真を送り合い、ストーリーを眺めるために何気なくSNSを開くと、さっきまでいた彼らの名前とアイコンが画面に並んでいました。

そこでは、現実で会ったはずの彼らの顔が、文字とアイコンに置き換えられ、急に人の輪郭を失ったように感じられました。


目の前にいたはずの人と、画面の向こうの「その人」は、同じ存在のはずなのに、どうにも一致しません。

いくら「たのしかったー」と書かれていても、その言葉をそのまま信じきることができない自分がいました。







SNS上の言葉は、いつも軽やかで、整えられているように思います。

(笑)や絵文字が添えられた文章は明るさを纏っていますが、その裏にある表情や声の調子までは伝えてくれません


(笑)とフリックしているとき、その人は本当に笑っているのでしょうか。

私たちは言葉を通じて他者とつながっているつもりでいながら、実際には言葉によって、自分も相手も単純化してしまっているのかもしれません。




秋学期に語用論を学びました。

会話において、状況や相手によって言葉遣いや態度を変える私たちは、本来不安定で流動的で、矛盾を抱えた存在なのだと思います。


揺れながら他者との関係のなかで生きる自分を引き受けるほうが、人間の実態に近いのでは。

けれど、文字だけのコミュニケーションでは、そうした揺らぎが切り落とされやすいと感じます。


声のトーンや震えや沈黙、言い淀みといった要素は、画面上ではしばしば不要なノイズとして排除されてしまいます。

その結果、私たちは実際の人間よりもはるかに単純で、わかりやすい「人」と向き合うことになっているのではないでしょうか。




以前、部活の同期が「歳をとるにつれて友達が減った気がする」と話していました。

無理もないのだと思います。

かつては、同じ場所で同じ時間を過ごすこと自体が、関係を支えていました。


今は、つながり続けるために言葉を更新し続けなければなりません。

しかし、その言葉は相手の全体を伝えるには、あまりにも脆い。


繋がっているつもりで、実は繋がれていない。

その落差に、私たちは戸惑ってしまうのかもしれません。




SNSは確かに便利です。

再会のきっかけにもなり、新しい出会いを生むこともあります。


ただ同時に、そこでは「わかりやすい自分」や「一貫した関係」が過剰に求められているようにも感じます。

その圧力に、知らず知らずのうちに疲れてしまうこともあります。






顔を合わせて話す十分間の会話には、文字ではすくいきれない情報が詰まっています。

揺れや曖昧さ、矛盾を含んだまま他者と向き合うこと。

不確かな状態のまま、関係のなかに身を置くこと。


それが今の自分には、以前よりも大切に思えました。







そんなことを考えさせられた「二十歳の集い」でした。








最後にみずほに振って終わります。

二十歳を迎える年になると思いますが、振袖を着るとしたらどんな色やデザインのものにしたいですか。



みなさん、寒い日が続きますが、お身体大切に。





 

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