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リレー日記

自分自身と向き合う

投稿日時:2026/06/11(木) 17:54


はじめまして、この度ラグビー部に入部しました、国際社会学部中央ヨーロッパ地域チェコ語専攻1年の高橋涼真と申します。自分のことをまだあまり知らない方も多くいらっしゃると思うので、この場をお借りして自己紹介をしようと思います
 

僕は大阪で生まれ、生後3か月頃からはずっと福岡に住んでいました


友達に誘われ小学2年生から地域のクラブチームでサッカーを始めました。ちょうどこのころにブラジルワールドカップがあり、昼間からコートジボワール戦を見ていたのが懐かしいです。小学校の時はレオと同じように、学校が終わり家に帰るとすぐにボールとスパイクを持って公園に行き、2つのベンチの間をゴールに模して日が暮れるまでひたすらサッカーをしていました。


中学校に入学すると、同じクラブチームのメンバーが同学年に20人ほどいたので、私の代ではサッカー部に一人も入部することなくそのまま全員U15チームにもちあがりで入りました。私たちのせいと言うか、その影響でサッカー部は休部になってしまい、サッカー部の先生とも仲良かったので、一生懸命に先生が勧誘している姿を思い出すと非常に申し訳なかったなと感じます。


また今の自分からは考えられないのですが、学校では生徒会長や体育祭実行委員長、文化祭実行委員長など、学校行事にも積極的に参加していました。1年時、副会長のときは何事も初めてで一生懸命取り組んでいたので褒められることが多かったのですが、会長になると慣れが出てきて、全力で取り組む周りの人々と比べると仕事をしてないようにみられ、仲良い人からは「くそ会長」と呼ばれるようになりました。仕事はきちんとしていましたよ。体育祭閉会式の校歌斉唱で朝礼台に立ち、みんなの前で校歌を号泣しながら歌いました。青春だったなと感じます。


高校に入学してもサッカー部には入らずクラブチームでサッカーを続けました。正直学校のグラウンドが人工芝だったら部活に入っていました。授業が終わりみんなが部活に行く中、自分は一人で帰り練習に行っていました。高校の部活にも入ってみたかったなあとも思います。ですがクラブチームでは、小学校低学年のころからいっしょにプレーしていた仲間がいて、なんにも気にすることなくたくさんふざけあえたコミュニティだったので、11年間このクラブにいてよかったなと心から思いました。今でもこのクラブのことが大好きなので、将来たくさん稼いで寄付をして人工芝グラウンドができてほしいなと願っています。


このころから体の硬さや貧弱さが露呈するようになりました。高一の春にU18チームに加入する直前に腰椎分離症を発症しました。当時は、まだまだ先が長いから大丈夫だと心の底では思っていたので、夏復帰でしたがそこまで焦ることはありませんでした。高一の冬から高二にかけては、たまたま右サイドバックに固定の選手がいなかったため、徐々にTOPチームでプレイするようになりリーグ戦でも全試合スタメンで出場することができました。冬には高一時と同様に、town club capと呼ばれる地域クラブの全国大会にも出場し、高校の公式戦で初ゴールをあげることができました。


しかし1つ上の先輩が引退し、これから新チームだという年明けになると少しずつ股関節が痛むようになり、グロインペイン症候群だと診断されました。このころは周りの人たちも、「すぐ治るでしょ」と楽観視していたため4月くらいには復帰できるだろうと思っていました。だが、リハビリを続けて痛みが引いても練習に少し参加するとまた痛むというのを何度も繰り返し、いつのまにか6月になっていました。そこで僕は医者と相談し、毎回の練習・試合で痛み止めを飲んでプレーすることを決め、10月の引退まで全力で取り組みました。


結果として、チームは一番の目標であった福岡県リーグ2部昇格という目標を成し遂げました。僕はというと、復帰して以降Aチームでスタメンとして出ることはなく、試合終盤の10-20分の出場だけでした。1.2年の時は比較的多くの試合でスタメンとして出場していたにもかかわらず、自分が最高学年になったらベンチに座るというのはものすごく悔しいことでした。「怪我があったから、まだ以前のようなプレーをすることができない」と言い訳をすることもできます。ですが、サッカーにおいて自分は限界なんだと実感するようにもなり、今の実力でできるベストパフォーマンスを出そうと考えるようになりました。


そして受験期を乗り越え無事外大に合格し、大学ではサッカーサークルやバレーサークルなどを兼サーし、のんびりとした所謂大学生っぽい生活を送ろうと考えていました。ですがなんでバリバリ体育会系のラグビー部に入ったのでしょうか。僕が入部を決めた一番の理由は、ラグビー部の先輩方の人柄の良さです。最初は入る気は全くありませんでした。なるみさんがオリエンテーションでザ・ラグビジョンをもって話しかけてくださったときも、かくれんぼ面白そうやな、としか思っていませんでした(かくれんぼも行っていません笑)。しかし、BBQやタッチフット大会で、東京観光会やリーグワン観戦会などに参加していくなかで、いろんな先輩方と話し、先輩同士の雰囲気も良いなと感じるようになり、もしやここが自分の居場所なのではと思うようになっていきました。また、タッチフット大会で相手をぶっちぎってトライして気持ちよかったのも一つの理由です笑 そんなわけでラグビー部に入部しました。


ですが入部して少しすると、まだ何かもやもやするなと感じることがありました。


初心者であるにも関わらず怪我が治るかすらわからない。

 

いざGW明けから練習に来始めてみる、何にもすることができず、正直おもしろくはありませんでした。
復帰のめどが立たない中で、本当にラグビーをしたいのだろうか。そう考えるようになりました。



しかし、数日後に行われた東大戦でそのマイナスな気持ちは一掃されました。



公式戦の雰囲気。
いつもの和やかさとはうって変わり、勝負に挑む鋭い目をしたプレイヤー。
ベンチもプレイヤーとともに戦う姿。
スクラムに勝って雄叫びを上げる姿。



私は、ピッチに立って選手として戦いたい。
そう確信することができました。



もちろん今でも不安はあります。
けがはいつ治るのかという不安。
同期はみな成長している中、自分は筋トレすらできないというもどかしさ。



でも、練習に参加できていないという現状でありながら、先輩がひたすらパス練に付き合ってくださったり、戦術をわかりやすく教えてくださったりと、ラグビーをしたいという気持ちはぶれることなく、今の自分にできることを取り組もうと前向きな気持ちを持つことができています。同期の誰よりも戦術理解を深め、正確なパスを出すこと。ほかの同期に大きな後れをとっているかもしれないけれど、自分のペースでいつかは追いつき、追い越していくつもりです。



長くなりましたがここでレオくんの質問に答えようと思います。



「高校生活を通して自分がいちばん成長を感じたと感じることは何ですか?」



むずかしいですね。



高校生活の思い出については高校の同級生に会うたびに思い出しては浸っているのですが、成長を感じた経験に関しては普段考えることはほとんどありません。



一つ挙げるのであれば、高校生活を通して、自分の気持ちや考えと向き合う力は成長したなと思います。



前述のように高校生活においては良い思い出もたくさんありましたが、その倍以上の大変さや苦しさも経験しました。
これから新チームだというときに毎回長期離脱の怪我をするというのは本当にやるせなかったでしたし、何度もスタメンから外れることも経験しました。後輩からポジションを奪えないというもどかしさもありました。引退まで4カ月の時点でやめようかなとも思っていました。



自分にとって良くないことがあるたびに気持ちは沈みましたが、僕はそのたびに自分自身と向き合いました。
今がどういう状況なのかを整理し、その改善方法、そして自分がこれからどうしていくべきなのかを熟考しました。
考えたからといって好転するわけではなく、もちろんよくないことばかり思いついてさらに沈むこともありました。
しかしその分、本当の自分の気持ちに触れ、自分という軸はブレることなく、時間をかけて何度も立ち上がることができました。




この経験というか、自分という軸を絶対にブラさないという信念は大学生、社会人になっても必ず自分の自信となり、壁が現れたときにそれを乗り越えるための一助となってくれると信じています。




質問への回答になっているか分かりませんが、うまく読み解いていただけますと幸いです。




さて、次のトシマ君に質問を投げかけてリレー日記を締めたいと思います。




「他のスポーツにはないラグビーの魅力とは何だと思いますか?」




少し難しい質問だとは思いますが、純粋にラグビー経験者目線からのラグビーの在り方・考え方が気になったので質問させていただきました。回答を楽しみにしています。




長くなりましたが、私の拙い文章を最後まで読んでくださりありがとうございます。
まだまだ完全復帰まで長くなると思いますが、人から憧れられ、尊敬されるラグビー選手になるために、日々やるべきことに誠実に取り組んでいきます。怪我をしているとどうしても疎外感を感じてしまうので、少しでも僕にちょっかいをかけてくれると嬉しいです笑 これから東京外国語大学ラグビー部の一員として何卒よろしくお願いいたします。




高橋涼真 

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