大きくする 標準 小さくする

リレー日記

これまでのあらすじ

投稿日時:2026/06/20(土) 08:36

はじめまして!リビングでアラビア語を勉強していたところ、家族に「気持ちわるい」と言われた1年アラ科の増森 笙真です。
 
 入学してから早くも2か月が経ち、大学生活にも慣れてきました。徐々にアラビア語沼にハマってきており、毎日が楽しくとても充実しています。
 


 最初に前回担当のひろきくんからの質問に答えたいと思います。
僕の好きなラグビー選手は2人います。1人は南アフリカ代表のWTBチェスリン・コルビ、もう1人は元オーストラリア代表のクウェード・クーパーです。2人ともボールを持ったときのわくわく感が異常です。2人とも日本でプレーしていましたが、残念ながら生でプレーを観ることはできませんでした。もし機会があれば観てみたいです。

 

 それでは、僭越ながら自己紹介をさせていただきます。
僕の高校は、あの西村ひろゆきの出身校である都立北園高校です。入学当初の僕はサッカー部に入る予定でしたが、ここで僕の人生が変わります。ラグビーとの出会いです。当時の監督や先輩方にしこたま褒められていい気になり、気づいたらラグビー部に入部していました。当時の北園高校ラグビー部は人数がギリギリであったため、僕ら1年生はラグビーを始めて2か月であるにも関わらず試合に放り込まれました。対戦相手は朝鮮高校。僕はその試合で人生初の脳震盪になりました。そこで僕はある決意をします。















「辞めるお!\(^o^)/」という決意です。その日の晩、僕は両親に脳震盪になったこと、ラグビーを辞めたいということを話しました。しかし両親は笑いながらそれを一蹴。完全に予想外です。それに加えて部員の保護者同士が仲良くなっているではありませんか。万事休す。もはや両親を説得して辞めることは不可能になりました。さらにもう1つラグビーを辞めたかった理由がありました。それはラグビーを面白いと思えなかった、ということです。これが自分的には1番キツく、「なんのためにこんなに辛いことをしているのだろう」と日々思っていました。そんなこんなで何度も葛藤し、顧問や両親と話し合い、結果的に引退までラグビーを続けることにしました。
 一方の勉強はどうかというと、ほとんど手をつけていませんでした。一体何を考えていたのでしょうか?テストではカスみたいな点数を量産。ただでさえ引退時期が遅いラグビー部に所属していたのに、勉強の積み重ねがないのは笑えません。が、高校生の増森君はそんな状況でも「まぁ大丈夫っしょ」とニタニタしてました。

 時は流れ、合格発表当日。
僕の目に映る「不合格」。「なんでだろ~♪」と歌う僕。一応、保険になるはずもない後期外大も受けましたが前期落ちが受かるわけありません。
  
 かくして僕の浪人生活が始まりました。浪人が決まったタイミングで「勉強だけでなく運動も大事だよな~」と思い、社会人サッカーもはじめました。浪人エンジョイ勢、爆誕。模試でも試合でも点が取れない時期が続きましたが、サッカーも勉強も楽しかったので充実した浪人生活を送ることができました。浪人万世。

 こうしてなんとか外大に入学した僕は、ラグビー部に入るつもりは全くありませんでした。それなのに何故、今僕がラグビー部にいるのか。きっかけは現主将の勇人くんに誘っていただいた、リーグワン観戦です。久々にプロの試合を生で観たことで「もう一度ラグビーをやってみよう!」と思いました。

 


























ごめんなさい、8割嘘です。

















実をいうと、その時に森そらくんに言われた「基本朝練だけだから午後空くよ」と言う言葉が決め手です。こういうわけで大学でもラグビーを続けることにした次第であります。
  






 こんなに長く拙い上に読んだとこでなんの役にも立たないクソ文章をここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。ラグビー経験者を謳ってる割にたいしてラグビーを知らないこんな僕を皆さんどうぞよろしくお願いします。



 

 最後にそらくんに質問です。
ゆくゆくはどのようなラグビープレーヤーになりたいですか?

                                         مع السلامةそれでは皆さん

                                          

この記事を書いたメンバー

アーカイブ