こんにちは。
二年英語科の髙田喬太です。
少し時間が経ちましたが、六月に二十年目の人生を迎えました。
夏休みの時間を使ってこれまでを振り返ってみたりしていますが、年を重なるたびに世界が少しずつ静かになっていく気がしています。
心が動く瞬間が減って、驚きや感動が徐々に鈍くなって、ただ今日を「こなす」ことで1日が終わってしまう。
昨日と同じような今日が来て、去年と似たような景色の中で同じことをしている。
そんな日々が続いているのに、何かを変える勇気と行動力はなくて、ただ時間だけが進んでいく。
こんなふうに考えると、誕生日が昔みたいに待ち遠しいものじゃなくなってしまいました。
始まりの合図というよりも、少しずつ「あと何年あるんだろう」と終わりの方を意識するようになってしまい、タイムリミットに近づいていく気がしてしまいます。
そんなことばかり考えていている夏休みです。蝉の喧しいほどの声が、音のない自分の世界を救ってくれているようで助かっています。
ラグビー部はこんな私の人生に彩りを与えてくれる大切な存在の一つであるように思えます。
普段の練習、ガレリアでの何気ない会話、試合とそこに向かうまでの旅路、菅平での一週間、、、
全て大切な思い出です。
入学当初は全く入る気がなかったものの、なんだかんだで入部して一年以上経過しています。
同期の中で一番遅く入部し、経験者ながらスタッフになり、レフリーとしてラグビーと関わることとなりました。
去年の夏合宿までは正直あまり記憶がなく、同期の顔と名前でさえ一致していたか怪しいくらいです。
部活の中での立ち位置に少し迷いふわふわと彷徨っていた中で、それでも先輩方があたたかく迎えてくれたことはとても嬉しかったです。
シーズンに入り、日々の練習が少しずつピリついたり、試合前の円陣のギアが数段階上がったり、毎試合ヒヤヒヤしたり、、、
そんな雰囲気に触れるうち、高校までとは違うなんだか不思議な感覚を覚えました。
そんな中、保険要員としてメンバー登録された時は正直すごく緊張していました。
チームポロシャツの下に23番のユニフォームを着てカメラを撮っていたことが懐かしく思います。
幸い全試合プレーヤーのみで戦い抜くことができ、ホッとしていました。
けれどやっぱりファーストジャージを着るとラガーマンだった頃の感情が湧いてきましたね。
そして阪大戦を終え、新チームに変わり、気がつけば新入生と出会う季節となっていました。
大学生になって初めて後輩ができ、新しい風が吹いたような気がします。
個性あふれる一年生たちは見ているだけで口角が上がってしまいます。
一年生に限らず、ラグビー部の人たちは皆素敵な方達ばかりなので、OB・OGさん含め今年はもっとたくさん関わってみたいですね。
佐野さんからの振りに答えると、「全員」となるのが本音です。
けどそれだとつまらないので「もっと仲良くなりたい人ランキング」を考えてみました。
3rd. 佐藤昊世さん
常に礼儀正しく、優しさが滲み出ている昊世。
ラグビーはもちろん、自分が好きなものへの情熱と真面目さにはいつも感心させられます。
何かに没頭している人が好きなので、彼のタコスへの愛情をもっと聞きたいですね。
最高のタコス作りの過程を見守りたいです。
2nd. 佐野颯貴さん
このランキングを振っていただいた佐野さんとももっと関わってみたいです。
部活で一、二を争うくらいのアツいプレーをする佐野さん。
普段の穏やかな笑顔とのギャップが魅力的だなと思っています。
そんな佐野さんの二面性をもっと知りたいですし、いろいろなお話も聞いてみたいです。
1st. 井出聖峰さん
我らが監督である聖峰さんとももっとお話ししてみたいです。
昨年から色々な場面でお世話になっているのですが、そこで伺うお話には毎回驚かされます。
普段人と接する際の姿勢から漂う優しさと貫禄にも憧れます。
いろんなお話を聞いてたくさん吸収したいです。
・・・と、こんなふうに「もっと仲良くなりたい人ランキング」を考えてみました。
結局はたくさんの人ともっと深く関わっていきたいという気持ちに尽きます。
人との関わりや新しい出会いが、自分を豊かにしてくれるのだと思います。
そうした中で、最近は部活以外にも新しい趣味を始めてみました。
新しい出会いをさらに求めた結果ですかね。
短歌と盆栽です。
「文化人のすなる短歌といふものを、平凡大学生もしてみむとてすなり。」
紀貫之が仮託と諧謔で当時の人たちの生活に彩りを与えたように、私も短歌で単調に過ぎていく日々に少しでも鮮やかな色を添えてみたいと思い始めました。
すみません、少し調子に乗りました。
歌集を読むと、31音の中に人の感情やその人が見た風景、記憶や未来が詰め込まれていることに気づき、少しだけ世界の輪郭が変わって見えたりします。
誰かが見上げた空、すれ違った恋、通り過ぎた季節、人間関係、、、
赤の他人の言葉なのに、読むとなぜか自分のことのように響く。
名前がないと思っていた感情に、短歌が先に名前を見つけてくれていたこともありました。
共感するだけじゃなくて自分が経験し得ない景色や思考を知れることも、短歌の魅力だと思います。
自分の“当たり前”を、ふっと広げてくれる。
世界が静かに感じるのは、もしかすると、まだ自分の知らない音の聞き方があるからかもしれないですね。
そう思えるようになっただけで少し楽になりました。
盆栽は人の人生と通ずることが多いように思います。
始めたてではありますが、本や記事なども通して色々と学びました。
例えば、枝が欲しいところに芽が吹いてくれないことはお決まりです。
でもこれは相手に100%期待できないことと似ているなと感じます。
毎日水をやっても劇的に変わることはありません。
けれど、少しずつ芽吹き、葉が広がり、気がつけば思いがけない形を見せてくれる。
言葉よりも雄弁に伝えてくれる盆栽。
そんなゆるやかな時間の流れに寄り添うと、不思議と自分の心も落ち着いていきます。
短歌が心の風景を鮮やかにしてくれるものだとしたら、盆栽は日々の時間そのものを豊かにしてくれる存在かもしれませんね。
静かになりつつある私の人生ですが、短歌や盆栽のおかげで新しい音の聞き方を見つけつつあるようです。
最後にマユに振って終わりましょう。
膝の調子が徐々に良くなってきて、だんだん活動できる範囲が広がってきましたね。
怪我と闘いながらラグビーに向き合う姿にいつも感心しています。
そんなマユの
「ラグビーをしていて嬉しい/楽しい瞬間」
を教えてください。
マユならではの視点を楽しみにしています。
以上、長々と拙文を失礼しました。
それでは。