リレー日記 2018/12
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ここからの一年は甘くないよ
投稿日時:2018/12/29(土) 02:43
リレー日記をご覧の皆様こんばんは
副将の森川です。
山内と平戸のリレー日記を読み、さて自分は何を書こうかなぁと考えていると少し時間が空いてしまいました。
さて、部員のみなさん。
少し長いですが読んでください。
一年前のリレー日記では背中を見せると書きました。
筋トレやりたくないなぁと思った時には
本当に毎回読み返して自分を奮い立たせていました。
自分の決意を言語化することで意識を変える事が出来たように思えます。
夏合宿からラグビーノートという試みが始まりました。
当時の意図としてあったのは、
試合、練習或いは日常での学びや気づきを綴ることで忘れないでいてほしいという事、
自分の素直な想いを文字に起こし、伝えることで個々人のラグビー意欲を刺激するという事、
この二つでした。
夏から始まり、わずか三か月という期間の中ではありましたが、
この期間の中でノートの成長と共にある個人の成長を感じました。
皆も自分のノートを振り返れば、特に自分の内面の成長がよくわかるはず。
成長が実感できないのは、ノートに自分の想いを乗せられなかったという事。
これからは自分の想いを素直に記して、自分と向き合おう。
シーズンが深まるほどに、濃くなっていく皆の想いには少し感動しすぎてしまうこともありました。
想いを一つにして戦うチームがそこにありました。
ただそれだけに本当に海洋に勝ちたかった。
海洋戦の後、
あまりうるさくは提出しろとは言わず、集まったノートは10冊でした。
悔しさで一杯なもの、
今シーズンの反省をかくもの、
来シーズンに向けた意気込みを書いたもの、
様々なノートがありました。
あの試合で感じたことは皆それぞれたくさんあると思います。
じゃあその時感じたことを今100%の鮮度で覚えていますか?
あの時の悔しさ、次は勝つという想い、新たな決意忘れていないかな?
えっ、もう少し薄れてきたの?
それで打倒海洋、打倒学芸とか掲げてるの?
そうなんだ………笑えるね………
さて、長くなりましたが、今シーズンの僕の役割は
“背中を押す”
これに尽きると思っています。
もう背中を見せるのは当たり前。
目標を設定し、言語化する(ラグビーノートを活用させる)=“背中を押す”
↓
ラグビーへの意識が上がる (上がらなくてもやらせる=“背中を押す”)
(練習、研究、筋トレ、食事の質・量が上がる)
↓
目標を達成する(上手くなる、賢くなる、強くなる、デブる)
= ラグビーが楽しくなる、好きになる
↓
(新たに)目標を設定し、言語化する=“背中を押す”
↓
ラグビーへの意識が上がる (上がらなくてもやらせる=“背中を押す”)
↓
目標を達成する
= ラグビーが(もっともっと)楽しくなる、好きになる
(以下無限ループ)
大きく成長!!
↓
↓
↓
芝工、北里、都市、海洋、学芸に勝つ
自分の中ではこんな絵を描いています。
さしあたって、ラグビーノートには
①目標を言語化する
②目標に向かう日々の取り組みを自分で評価する
(③達成した時の喜びを爆発させる???)
というような役割を当てたいと考えます。
まぁ自分と向き合うってこと。
問題は浸透するかという事……
これは皆でもう一度ラグビーノートについて考えてみる必要があると思います。
本当は義務とかではなくやるのが望ましいだろうし、
ノートに書かなくてもできるという人はそれでいいと思います。
正直面倒だし。
でもさ、学芸と戦った次の火曜日に全員のノートが揃って、
しかもそこには一年間の本気のラグビーへの取り組みが全て書いてある。
さすがにこれは勝ってるんじゃない?
勝つならやらない?
自分の決意を言語化して意識を変えませんか?
背中は押すよ。
2018年12月29日 森川将伍
選択
投稿日時:2018/12/24(月) 23:57
リレー日記をご覧の皆様、こんばんは。
次年度副将を務める平戸がリレー日記を担当します。
ついに自分が一番上になるのだと実感しています。
入学時はサークルに適当に入って大学生活を過ごそうと思っていたのに、ラグビー部に入り、ましてや副将になるなんてあの頃は考えていませんでした。
小学校からサッカーをずっとやっていたんですが、正直全く好きではありませんでした。小学校から高校まで兄の影響や友達との関係で惰性でサッカーを続けていました。大学に入っても高校の部活の同期がいてサッカーをやりそうになったのですが、大学で初めて自分の意思で部活を決めたと思います。
自分にはラグビーをやっていた兄がいて、小学中学年にはラグビーのことを知りました。さらには仲良くなった転校生もラグビーやっていてずっと勧誘されていました。同じ高校に入学した時にも熱心に誘われました。今思えば、もっと早くラグビーをしていれば今ごろはもっと強くなっていたのかなと考えて後悔している時もあります。しかし、もしもっと早く始めていれば、高校は花園に出場できるような高校に進学したかもしれないし、大学も兄と同じようにラグビー推薦で入学していたかもしれません。たぶん外大には来なかったでしょう。あの頃は何も考えずにサッカーという選択をしていましたが、常に選択によって人生は変わっていくのだと最近常々考えています。
大学でも最終的にはラグビー部に入りましたが、実際のところ、アメフト部に入ろうと最初は考えていました。結果から見れば、今季アメフト部は二部に昇格し、言っては悪いですが、来年は主力の上の代がいなくなり、厳しい戦いになるのではないかと思っています。結局自分の代で勝てなければ何も嬉しくありません。その点で言えば、同期を見て自分の代で強くなると思ったラグビー部を選択したことに後悔はありません。
1年の時はメンバーにも入れていなかったので、プレーオフが終わっても特に何も感じなかった。
2年の時はNo.8で出させてもらってプレーオフで都市大に負けた。自分がもっと中田さんのように強ければ勝てたのではないかと悔しくて泣いた。
3年の時は自分に自信を持って試合に挑むことができたが、シーズンもプレーオフも1トライ差くらいで負けてしまった。また悔しくて泣いた。シーズンでの相手ゴール前でのマイボールスクラムで、8タンをしてノックオンをしてしまった。あそこでトライが取れていれば勝てて、プレーオフは外大のグラウンドで試合して地の利を得て勝利したかもしれない。
あのときの選択・プレーを最善にしておけば勝てたのではないかと後悔しないように、来シーズンまで練習をして試合に臨みたい。自分は身体に自信を持っていますが、筋力の数値で言えば自分の体格では弱いです。所詮、体重と足の速さで誤魔化していたに過ぎないと海洋大・学芸大学を通して感じました。後悔をしないためにも最近は気持ちを入れ替えて筋トレに励んでいます。
来年こそは海洋大を倒す。Beat 海洋と言ってもう4年生になります。毎年引き継がれるこの言葉を自分の代で終わらせ、次の目標へと塗り替えたいと思います。
打倒 海洋大学 打倒 学芸大学
2018.12.24 平戸陽介
El 4to
投稿日時:2018/12/20(木) 22:39
皆さまこんばんは。
今期主将の山内です。
入部してから3シーズンを戦いました。
1年目は自分が試合に出れることの楽しみだけ感じてプレーしていました。
最後は海洋のグラウンドでした。あきとしさんに「終わっちゃった」と泣きながら抱きついたのを覚えています。
2年目は当時五年生、四年生だったたくまさん、井出さん、ゴリさん、不破さん、下川さんと1秒でも長くラグビーがしたい一心でした。
最後は都市大のグラウンドでした。
2回目の前十字断裂した膝を引きずりながら、願っても叶わぬ儚さを見に染みて感じました。
3年目は初戦で都市大に勝って井出さんと泣きました。
最後はまた海洋のグラウンドでした。
ノーサイド直後はゆうきさんへの申し訳なさが一番でした。
一番大事な試合で負けた直後のグラウンドでボールで遊ぶ一年生を見て、明日からのラグビー部の一年はきっと明るいだろうと、なぜだかそんな思いになりました。
4年目はやっと海洋にも勝ちました。
勢いそのまま学芸にも勝ったみたいです。
毎年戦力が入れ替わる学生スポーツの順位変動のなかで、ついに外大が瑞穂に行く時が来ました。
正月までラグビー。
ずっとしてみたかった。
一年みんなと戦ってきて良かった。
こんな一年にしたいから
みんなで強くなろう。
外大ラグビー部を応援してくださる皆様
今期も一層の声援をお願いいたします。
プレーで、結果で、その声援に必ずや応えます。
2018年12月20日 山内遼
入部を迷っている方へ
投稿日時:2018/12/13(木) 13:38
こんにちは。昨年度主将の木和田です。引退リレー日記連載の最後です。
僭越ながら自分が7年間ラグビーをプレーしてみての感想を書きます。
先日夕食の支度をしながらテレビを見ようと思いザッピングしていたところ
Jスポーツで関西大学対近畿大学の試合がやっていました。
おっ、と思いチャンネルを止めしばらく眺めていました。
面白い試合だったのですが、しばらくして「そうだ、もうがんばってラグビーの試合見なくてもいいんだった」というふうな思いが頭に浮かびました。
曲がりなりにもキャプテンをやる身で、ラグビーのことを知らなくてはいけない、
チームになにか持って行かなくてはいけない、という思いで特にこの一年はよく映像を見ていましたが、
それももう必要ないんだと少し拍子抜けしたような気持ちでした。
そこで改めて自分の中で確認できたことなのですが、
僕は決して自分で好き好んでラグビーの試合を見ていたのではなかったのです。
もちろん見ている中でだんだんわかってきて面白いこともありましたが、寸暇を惜しんで、という風に思うわけではなく、どちらかと言えば義務感で見ていたんだということが自分で腑に落ちたような感じがしたのです。
主将だった人間が最後に残す文章として適切なことを言っているのかは分かりません。
ただ、個人的にはここに書いていくことに意味があると思うことを書いています。
出典は忘れてしまったのですが、(フィッツジェラルドだか村上春樹のエッセイだかだった気がする)「人生には自分の向いていないことをする時間も大切だ」という文章を昔どこかで読み、とても共感しました。
そして自分にとってはラグビーがそれでした。
なよなよした自分が浦高のラグビー部に入り、そしてまたこの外大のラグビー部に入り、
そしておそらく人の半分も上達しませんでした。
七年間プレーをさせてもらった結論として、僕はラグビーには向いていませんでした。
しかしラッキーなことにラグビーはそんな「向いていない」僕を綺麗さっぱり見捨てるような度量の狭いスポーツではありませんでした。
僕の体感として、ラグビーはある一定のレベルまでは能力がなくても食らいついていけるし、
そして、きっとどのレベルにおいても、何よりも気持ちが求められるものです。
体をぶつけて、すぐ起き上がって、頑張って喋って、走る。
こんな誰でもできること評価してくれることなんて実はすごく珍しいです。
つまり他のスポーツや芸術の世界以上に向いていない人間が頑張って報われる可能性が高いものなんだと思います。
僕は周りにも恵まれて、十分頑張った甲斐があった思える経験ができました。
そしてその向いてないことを頑張った時間は自分の人生をとても豊かにしてくれたと思います。
おそらく今の現役の皆さんにはこんなことを言ってもあまり意味はないでしょう。
1年間一緒にやってきてみんなラグビーが好きなんだろうと思いました。
特に三年生たちは後輩がラグビーが好きになるように本当に手を尽くしてくれました。ありがとうございます。
きっと来年は今年とは比べられないくらい良いチームに出来ます。頑張ってください。
ただ、もしかしたら何年かして入部を迷ったり、
もしくは入ってはみたもの自分に向いているのか悩んだりしたりする人がいるかもしれません。
そのうちの誰かがこれを読んで、「まあそんなものか」と思ってくれたら嬉しいです。
もし君が向いていなくても、ラグビーは頑張る価値があります。そして結構楽しいです。
大学の四年間を捧げるに値するものですよ。
最後になりますが、外大ラグビー部関係者の皆様、ほんとうにありがとうございました。
皆様のおかげでなんとか1年間チームを運営できました。感謝申し上げます。
特にチームが不安定な中、復帰を決断してくださった六年生の皆さん、そして支えてくれた三年生のみんな、
最後まで一緒に体をぶつけてくれたノブ、ゆうきにはほんとうに感謝しています。ありがとうございました。
来年は自分の(おそらく)向いてることをちゃんと勉強してきます。
いっぱい美味しい料理覚えて帰ってきます。
みんな頑張ってラグビーやってお腹空かして待っててください。
へこんだら弾む
投稿日時:2018/12/12(水) 15:26
先日酔っぱらった勢いで某特撮シリーズの変身ポーズを真似て携帯の充電コネクタを壊したスペイン語科4年の伊藤悠希です。とうとう引退日記を書くことになってしまいました。今までのことを振り返りつつ色々と書き綴った結果、非常に長くまとまりのない文章になってしまいました。ご容赦ください。
先日、東京外国語大学は海洋大に敗れ、僕たち4年と6年の引退が決まりました。今年こそは、と意気込み、さらにこのチームでならやれる、とある種の予感めいたものがあったのですが、今年もこの壁を越えることができませんでした。当日越中島にお越しいただいた多くのOB・OGや保護者の方々に、勝利の瞬間をお見せすることができず、悔しい気持ちでいっぱいです。
試合の翌日、ラグビーリパブリックに、
「決勝は3年連続で東京学芸大vs東京海洋大」
という記事が掲載されました。海洋大に焦点が当てられた記事で、外大については、「部史上初めてプレーオフ準決勝に進んだ」事など、簡単な紹介が為されているのみした。勝ったわけではないので当然ではありますが、もしも勝っていたら…と、また悔しい思いが溢れてきました。
振り返ってみると、代替わりをしてはまた一からチームや戦術を立て直すということを繰り返してきた外大ラグビー部に、去年の井出主将の代は、確かな基礎を残してくれました。それを踏まえる形で発足した今期のチームは、主将と副将が二人ともケガで試合に出られない状況から始まり、冬の納会でのOB戦、一橋との練習試合、3月の東工大との練習試合で情けない負け方をしました。特に東工大戦の後、下川さんからは厳しい言葉を頂き、そのことを思い出すと今でも身が引き締まります。
しかし、それでも、春夏と厳しい練習を乗り越え、新たな戦術を組み込み迎えた合宿初戦の東北大戦で、外大ラグビー部のプレーがようやく形になったように感じ、外から見ていて感動しました。結果として、このシーズンでは、2つの定期戦への勝利とチームとして初のプレーオフ準決勝進出という結果を得ることができました。
それでもまだ届かなかった海洋戦での勝利の二文字は、確かに外大のもとへ近づいていると思います。
引退の瞬間、自分は白のジャージを着ることなく、グラウンドの外から声を出しているだけでした。
4年間、僕は本当の意味でのスタメンに選ばれることはありませんでした。怪我をした人の代わりとして、あるいはBチームとしてしか、出場することができませんでした。それは単に僕の実力不足であり、努力不足の結果であったとおもいます。
四年生に上がった際、自分はチームにとって要らないのではないか、チームに貢献することはできないのではないかと考え、気持ちがめいってしまいました。その際、部活の皆には本当に迷惑をかけました。本当に申し訳ありませんでした。
ただ、もう一度ラグビーと向き合い、部活と向き合った結果、自分はコンタクトの面を頑張ろうと決めました。練習や試合中にいいタックルやヒット、スイープを決めることができれば、チームを盛り上げられる。その考えは合宿で明確なイメージとなり、ラグビーノートの森川の「プレーの激しさ」という言葉で言語化することができました。考えや目標を言語化して明確にできるという意味でも、今のラグビーノートは素晴らしい取り組みだと思います。是非これからも続けてください。
自分では意識していた「プレーの激しさ」ですが、それが部活のメンバー全員に届いていたかと問われると微妙な気がします。自分では激しくしているつもりでも、他のプレイヤーの発火まで促せなければそれは意味がありません。そういった意味でも、自分がチームに貢献できた部分というのは微々たるものでした。
ここまで、かなりネガティブな事を書き連ねてしまい申し訳ありません。実際、この4年間のラグビー人生は上手くいかないことが多く、人から見れば評価できないようなものだったかもしれません。
しかし。
タックルを決めた瞬間の手応え。
強いプレイヤーのランを自分の体が止めた時の喜び。
相手のオーバーを上手く剥がせた瞬間。
低いスクラムが組めた瞬間。
そういった成功体験、ラグビーを楽しいと思える瞬間が何よりも嬉しく、何よりも自分自身を支えてきました。
勝てなければ、試合にでられなければ、ただの自己満足かもしれませんが、それでもラグビーは最も激しく、最も達成感があり、最も楽しいスポーツだと思います。
4年間ラグビーができて本当に良かった。
恐らく今、ラグビー関連でも、そうではないことでも、悩み苦しんでいる人がいるかもしれません。
深く思い悩みすぎないで、もう少しポジティブにいきましょう。
今の外大ラグビー部のメンバーは、優れたもの、よく誉められるものを1つは持っていると思います。
そこを自信の源にしてください。
自信をもってプレーしてください。
へこまないで、とは言いません。
ボールが思いっきり弾むためには思いっきりへこむ必要があります。
へこんだら弾んでください。
長々と書いてしまいましたが、厳しくも優しい後輩、温かく接してくれた先輩、つまらないネタにちゃんと反応してくれたみんな、内輪感の激しいフロントロー組、テーピングだけでなくリハビリやタッチフットの笛までやってくれたマネージャー、そして何より、こんな俺を気にかけてくれる同期がいたからこそ、4年間ここまで続けることができました。本当に感謝してもし足りません。ありがとう。オリゴ糖。
ラグビーに、そして、今の外大ラグビー部に出会えたことは本当に幸運でした。
来年の、そしてそれ以降の外大ラグビー部がより良いチームになっていくことを願っています。
本当に今までありがとうございました。
2018.12.12 伊藤悠希
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