リレー日記 2025/6
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しゅふぃいす
投稿日時:2025/06/29(日) 09:52
ウル科奇跡の留年生の一角、加藤瑛介です。
二度目の二年生が始まって三か月。はじめて起き上がれなくなってからは一年ちょい。
練習こそあまり出れてないものの、ラグビー部のおかげで廃人化を回避し、まぁ一応なんとかなってきています。
そんなわけで最近の朝情報には疎いですが、僕の家では毎日フジのめざましテレビが流れてます。
あとはNHKの連続テレビ小説でしょうか。僕はちゃんと視聴してないですが、母がチェックしているのでなんとなくわかります。「あんぱん」は今なんかシリアスパートらしいです。
アンパンマン大好きっ子だった記憶はあまりないです。でも、作家のやなせさんが語る正義観にはとても共感を覚えます。
いつでもどこでも誰だって、お腹空いてるのはよくないですからね。頑張れたかし。負けるな匠。
去年の振り返りで印象に残っているのはリザーブとしての自覚です。
スタメンで活躍できる実力はない。そのうえ練習ができていないので他のメンバーとの差は開く一方でした。
それでもリザーブとして万が一に備える。そうすることで誰かが無理するのを防げるかもしれない。ケガの多いラグビーで最後の入れ替え戦までちゃんと戦いきるのはとても大変。万が一に備えるつもりで筋トレだけは頑張りました。今年入ってくれた一年生も人数の多さが大事だということを覚えておくと気が楽になるのではないのでしょうか。応援の力だけでも偉大だけど、プレイヤーがいればいるほど棄権リスクは減ります。
今シーズンの目標は最後までチームの一員であることです。残りの時間が少ないからこそ、ラグビー部にいられる時間を大切にします。特に四月以降は全然練習に出れてないので、これからはなるべく参加したいです。
オフを除けば残り一か月あるかないか。しっかりラグビーで恩を返せるように頑張ります。
てっぺいにふって終わります。一年生向けにギリギリ使えない外大ライフハックを紹介してください。なければ誰にも伝わらないあるあるをお願いします。
済々黌高ラグビー部祭
投稿日時:2025/06/23(月) 23:00
こんにちは!
牛草です。
ばぼ→ぶん→れん→私のダッシュボードが完全に解散してしまったことに加え、隊長から「今シーズンは2周まわればいいと思ってるからまだいいよ」なんて言われて完全に書く気を無くしていました。
交流戦の終わったこのタイミングでついに書き始めようと覚悟を決めました。
昨シーズンの振り返り、、、。
みんなも言っている通りだいぶ昔のことのように感じます、、、。
でも、とにかく私としては大きな変化がたくさんあった激動の一年だったような気がします。
そのなかでももっとも大きな衝撃は、、、
「昭和のプレイボーイ」、火野正平さんが亡くなってしまったことです。
過去には、11股をしただとか、握手すれば妊娠するなどと言われたあの火野正平さんが突然なくなってしまったのです!!!
この間まで元気に自転車を漕いでいたのに!!!
田中美佐子に代役が務まるわけがない!!!
「日本縦断こころ旅」に加えて、今年3月の「サラメシ」の放送終了は、私の心の平穏に大きな衝撃を与えました。
朝のNHK,BSプレミアム談はこの辺りにして真面目に昨年の振り返りをしたいと思います。
昨年度のシーズンは、ウォーター、キックティー運びから始まりました。
合宿中の信州大戦で負傷をしてしまったのです。
はやとのスリル満点な運転でむかった菅平高原クリニックでは、「痛くなかったら明日からでもやっていいよ」と適当な診察をされましたが、しっかり左肘の靱帯を損傷していました。(左のパスが苦手なのはこのせいです。間違いなく。絶対に。)
しかし、私抜きでチームは初戦に勝利し、順調にシーズンが始まりました。
医者のいう「完治」まで一ヶ月を切った日に迎えた埼大戦は、カンタくんと前半だけという固い約束で出場したのにも関わらず結局最後まで出場しました。
その試合も勝ち、その後の神奈川戦でも劇的勝利を収めチームはノリに乗っていました。
しかし、チームの勢いとは対照的に、神奈川戦からの一ヶ月間、私はどんどん追い込まれていました。
今見返すだけでも吐きそうになる2024年10月のカラフルなカレンダー。外語祭関連を黄色で表示されるように設定したせいですこし黄色が嫌いになったくらいです。
私生活でもいくつか問題を抱えていた私は本当に疲れ切ってしまっていました。
こんな辛い過去を楽しいリレー日記に書こうと思ったのは、今年度のラグビー、ひいてはラグビー部に対する私の姿勢を示しておこうと思ったからです。
昨年度のシーズン中、さまざまな経験を経て私は、自分が何のためにラグビー部に入部したのか見失ってしまう時期がありました。
こんなに大変な思いをしてそれでもラグビーを続ける理由。
それは、ラグビーが楽しいからです。
それでも、負け続きでは楽しくない。
ということで今年度、私は
「ラグビーを楽しむために勝ちにこだわっていく。」
という姿勢を持って、ラグビーと向き合っていきます。
昨シーズンの振り返りと目標がごっちゃになって読みづらくなってしまいましたが、まずは、目の前のOB戦、勝ちに貪欲に、泥臭いラグビーしていきます。
それでは最後にぶんちゃんの振りに答えたいと思います。
ちょっとぶんの体験が強烈過ぎて嘘でも越えられないと判断したのでリアル体験談で行かせていただきます。
実は私も年末にジョージアの隣国、トルコに行ってきました。
往復の飛行機は格安サイト経由で往復、勇人モトローラ15万台分ほどの値段(金額はぼやかさせていただきます。)だったのですが、出発当時、中国南方航空のお姉さんにこのチケットは存在しないという衝撃の事実を告げられました。
結局その日は出国できず、私は「ターミナル」状態で空港を彷徨いながら、格安サイトと電話で粘り強く交渉を続けた結果、なんと、「どんな高い航空会社でもいい。費用は全額負担する。」と折れてくれました。
私はすぐにイスタンブール直行便をターキッシュエアラインで予約しました。値段はなんと勇人モトローラ50万台分ほどの値段(金額はぼやかさせていただきます。)で、快適な14時間の空の旅をエンジョイしました。
しかし、試練はそれで終わりではなかったのです。
帰国後に、先方指定のフォームに負担額の請求を送ったところ、そんなことを言った覚えはないというメールが返ってきたのです。
そこから1週間、毎日のように担当者と電話で口論をし続けました。
そして、いい加減めんどくさくなってきた頃に、投げやりになって適当に「I have a lawyer behind me.」とはったりをかましてみたところ、態度が急変し、無事、50万モトローラを取り返すことができました。
みなさんも格安サイトには注意してください。
では最後に、えーすけに振って終わりたいと思います。
えーすけが一番好きな朝の番組は何ですか?
長々とお付き合いいただきありがといございました。
優しさに触れフラれ
投稿日時:2025/06/14(土) 17:33
ぶーーーーん
お世話になっております。2年ロシア語科のぶんこと上野です。イーサさんが楽しみに待ってくださってるとのことなので大急ぎで書いてます。半年ぶりのリレー日記というのと、今週から走れるようになったということでワクワクしております。
この半年の間にジョージアでパスポート無くしたり、新疆ウイグル自治区で拘留されたり、肩外れたり、アコーディオン始めたり、ヨガに目覚めたり、たかふくが人間の感情を模倣できるようになって嬉しくなったりしましたが、たつきに昨シーズンの振り返りを書くようお達しがきたのでそれ書きます。
もう半年の昨シーズンを思い出そうとしてパッと出てくることとしたら、フォワードで一緒にプレーした先輩方です。フランクなイーサさんの「お↗︎おおお!どうした⁈」。ボソッとおもろい谷さん。ゆうすけさんとのご飯。ちーさんの一言。田沼さんのぶんちゃん呼び。りょうたろうさんの「~~の顔」。
どれもフォワードでの楽しい記憶です。ユニット練やフォワードでのプレーの時の温かさや一体感はこういった素敵な人たちがいたからこそ生まれたものであるなと思わされました。
こうした雰囲気を次シーズンにも作り出すためにも3、4年の先輩方、同期、そして新しく入ってきてくれた1年生ともうまくやっていきたいものです。
ということで、様々なプレーで身体を重ね合わせる機会が多い僕たちだからこそお互いへのリスペクトを忘れないようにします。
なんか気持ち悪い表現が出たけど、振り返りと、その先的なことが書けたので米のフリに答えていきます。
まず、ラグビーを始めてよかったことはタックルして喜ばれることです。タックルなんて普段の生活の中でやったらマズイじゃないですか⁇要するにそれです。合法的どころか喜ばれるからそこがよかったです。
次に後悔したことですが、僕は何かに取り組んでいる間に後悔すると辛くなってしまうタイプです。ということで、ラグビーに関する後悔は全て終わってからしたいと思います。だから引退する時までこれは温めておきたいです。米は僕が忘れてたら教えてくださいね。
最後に牛草さんに振ります。
この半年僕はたくさんの強烈な経験をしました。そんな僕の経験に負けないくらいドギツイ、強烈な経験を嘘でもいいので教えてください。
それではまた
ぶーーーーん
まだ終われない
投稿日時:2025/06/07(土) 21:49
このような日記を書く事自体が人生で初めてなので、少し緊張しながらこの文章を書いています。
非常に拙い文章になりますが御容赦ください。
私の出身地は東京で、18年間ずっと都内を転々としながら育ってきました。大田区→小金井市→調布市といった感じで移動してきましたが、今思うと大田区での生活が一番便利だったので戻れるなら戻りたいなとずっと思っています。また、やってきた習い事も転々としており、これまでに経験したスポーツは体操、サッカー、水泳、バスケ、剣道、空手、テニスなど、字面だけ見ればスポーツ経験豊富で健康的なナイスガイを想像するでしょうが、このうちの半分以上を1年も経たずにやめているため結局のところはただの飽きっぽい男です。中学生になるまでにこれだけの経験をしながらも運動神経が皆無なまま脂肪だけを蓄え入学した中学では、案の定小学校時代の時と同様同級生に体型を馬鹿にされた為、「強くなって周りの奴らを見返したい」「こんな体型の自分でも役に立てるスポーツをしたい」という思いと当時のラグビーワールドカップの影響でラグビーを始めました。
とはいえ現実は甘くなく、今までどのスポーツも継続してこなかった私にとっては「努力・根性・勇気」が求められるラグビーは何よりも辛いものであり、月に一度は辞めたいと考えていた時期がありました。筋トレもタックル練もただ疲れるし怖いだけで、同期のプレイヤーたちは経験者が多く、初心者として一緒に始めたはずの友達もセンスが認められてゆき、いつしか私だけがグラウンドの外から同期の試合を眺めることが多くなっていきました。足は遅く、特別なスキルもなく小さいとも大きいとも言えない中途半端な体格だけ持っていた私には当時なにもモチベーションがありませんでした。今思えば圧倒的に努力量が足りていなかったのだと思いますが、同期の水を運び、練習で叱責される日々はまだ当時精神が幼かった私にとっては辞めるには十分な理由になっていたと思います。
中学の間は退部する意思を周りに伝える勇気がなく、惰性でずるずると3年間所属していました。高校に上がった段階で同級生の中には転部したり退部する人がそこそこいたので自分もその流れに乗ろうか考えましたが、その頃にやっとラグビーにおける自分の武器が見つかった為、継続を決めました。また高校生になって、外部からセンスのある新しい同期が入ってきて経験者も増えたのでポジションを取られないためにやっとそこから努力を始めました。筋トレも特技も磨き、試合に出る機会も増えモチベーションを上げていけるかと思った矢先、1年生の間に2回の大きめの怪我を経験した為恐怖心が増してしまい、高3になる直前に受験を口実に他の同期よりも1年近く早く引退しました。
このように何とも情けない形で中高時代の部活動に幕を下ろしてしまった私ですが、なぜそんな思い出しかないのにまだラグビーを続けているのか、と聞かれることがたまにあります。それは自分でもまだはっきりとは説明できませんが、多分自分が思っているよりも私はラグビーが好きなのかもしれないし、こんなに飽き性な私が「まだやり足りない」「どこまで続けられるか試したい」と思えるスポーツは後にも先にもラグビーしかないと感じたからでしょう。そしてこれほどチームメイトとの結束を強められる競技はなかなかないと思います。こんな不出来な自分をチームの一員として暖かく迎えてくれた先輩方とOBの方々、同期の皆には感謝しかありません。これから足を引っ張らないように初心にかえり努力してまいりますのでよろしくお願いします。
絢菜からの質問に答えます。
基本的には呼びやすい呼び方で大丈夫だけど、よね呼びはそろそろ飽きてきたので名前呼びか何か他の呼び方をしてくれると個人的には嬉しいかな。けどよね以外で呼ばれたら慣れてなくてすぐには反応できないかも。
次の上野颯斗先輩に質問です。
ラグビーを始めて嬉しかったことと後悔してることを教えて下さい!
プレッシャーには弱いけど、仲間には強い。
投稿日時:2025/06/07(土) 03:27
趣味は音楽を聴くことです。よく邦楽を聞いています。
国日の友達とカラオケに行った時、「拝啓、少年よ」をみんなで大合唱して泣きそうになりました。
受験期に聴いて励まされた人、きっと多いですよね? 私もその一人です。
こうやってたくさんの音楽を聴いて、いろんな歌詞に励まされる中で、言葉の持つ、人の心に深く訴えかける力に惚れ込みました。特に、日本語の歌詞にはとても共感できる気がします。このような日本語の魅力をもっと学びたい、伝えていきたいという思いから、外大の国際日本学部に入学しました。
「国日って何してるの?」とよく聞かれます。
確かに、他の学部のように新しい言語を一から学ぶわけではないので、想像しにくいかもしれません。
国日では、日本語教育学、日本語学、日本文化など、さまざまな視点から「日本」を幅広く学んでいます。
自分が育ってきた日本の姿を知れば知るほど、日本語や日本文化への愛が深まります。
ずっと憧れていた場所で、自分の学びたいことを学べている今がとても楽しいです。
2ヶ月前から外大での生活が始まり、新しい環境で多くの人と出会うことができました。
中学、高校では一学年が約50人と少数だったので、今のように多様な価値観を持つ広が集まる環境は初めてです。
日々、相手を理解しようと意識しながら、心地よい関係を築くことの難しさを実感しています。
大学に入ってから、よく「面白いことして!」とか「何か話してよー」と言われるのですが、実はそういう期待に応えるのはちょっと苦手です。
期待されるとプレッシャーに弱いタイプなので、大喜利とかは特に苦手です。
太郎のブログを読んでいると、「たくさん食べてね」というプレッシャーをひしひしと感じました。
私、大食いがアイデンティティーみたいになってしまっている? そんなの困ります。
なんといったって、私たち同期の中には、真の大食い女王がいますからね。
きっとこれから彼女のフードファイターな一面が同期に広まっていくと思います。
さて、太郎がくれた質問の内容は、「これまでで一番食べた思い出」でした。
中高の6年間を寮で過ごした私にとって、食事の時間は仲間と盛り上がる大切な時間でした。
基本的に、提供される食事は固定量なのですが、一度だけ余ったゼリーを大量に消費した日があります。
一人10~15個くらいを食べました。いろいろな味をたくさん食べてとっても楽しかったです。
吐きそうになった、とか体調が悪くなったとかはないし、お腹いっぱいになった記憶もないので、質問の答えとして適切かはわからないですが、どんな雰囲気だったかまで鮮明に思い出せるくらいの宝物の時間でした。
やっぱり、食事は楽しむものだと思います。太郎の質問を受けて、いろいろな食事を振り返ってみたけれど、どんな思い出も楽しかったものばかりです。
同期とご飯に行く時、プレイヤーのみんなはカロリー計算までも楽しみながらメニューを決め、一生懸命食べていて、みんなで食事を楽しめているのがめちゃめちゃ幸せです。
これからも、いろんな場所でたくさんご飯食べて、みんなで食トレ頑張ろうね
バイト終わり、リレー日記を書こう!となって、どんなことを書けばいいか迷ったけれど、意外とたくさん書けてしまうものなんだな、と思っているところです。
正直なところ、日記を公開するのはとても怖いです。
国日生でありながら、自分の日本語にまだまだ自信がなく、人と話す中でうまく伝えられないことに悩むこともあります。
それでも、ラグビー部や国日には温かく受け入れてくれる人たちがいて、安心して毎日を過ごしています。
試合の日、練習の日、プレイヤーや先輩スタッフの一生懸命な姿を見るたびに、自然と背筋が伸びます。
「私も頑張ろう」「もっと強くなろう」と思えるのは、仲間の存在があるからです。
これまでの人生で、チームの一員になる経験はありませんでした。
でも、ラグビー部では、一人じゃないと思える瞬間がたくさんあり、すでに大好きなチームに属して、大好きな同期と頑張れているのを誇りに思っています。
なんだか思いが溢れましたが、これくらいの覚悟なので、これからもできることを丁寧に、まっすぐに続けていきます。
自分の弱いところに負けず、スタッフとして日々成長していきたいです!
このリレー日記でも、読んでくださっている方に外大ラグビー部の魅力がたっぷり伝わるように、文章と言葉を通してつながり続けていきたいです。これからよろしくお願いします。
では、一年ラストのよねに繋げていきます!
なんだかたくさんあだ名あるけど、ほんとはなんて呼んでほしいの…?
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