written by 中村 佳菜 投稿日時:2022/08/13(土) 23:48
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ノモシュカール!はじめまして^^
国社1年ベンガル語科の中村佳菜と申します。
1年生のリレー日記が始まってから同期のみんなの日記を毎回楽しみに読んでいたらいつのまにか自分のターンがまわって来てしまいました、!
日本語が下手だとよく言われるのですが頑張ります。
いきなりですが自己紹介の前に春学期で学んだことをいつくか紹介させて頂きたいと思います。
こうしておけばよかったな、と思うことがいつくかあったので秋学期からこの経験を活かすためにもここに記させてください!
大学に入って自分でお金を稼いで思うがままに使えるようになってから気づいたのですが、自分はどうもお金遣いが荒いらしく、気づいたら財布から英世くんが1人もいない状態が定期的に訪れています。
ラグビー部に入ってからも、同期の爆速フードファイターのマレーシア人アティカに釣られて爆速フードファイトをしていたらお金が消えていってしまっていました。
彼女は、その名の通り日本を代表する爆速フードファイターです。キュートな顔面とは裏腹にブラックホールにも勝る胃を持ち合わせている強者です。彼女の1日を紹介しまshowと言いたいところですが、ここには収まりきらないのでそれはまた次回に回します。
お金遣い、、!秋学期からは気をつけます。
もう1つ、それは授業です。
初日やる気マックスで臨んだ主専の授業も
なんだ、ベンガル語かわい~じゃ~ん、
あっぁ~、いっぃ~、うっぅ~、えっぇ~、おっぉ~などとぬかし、気づいたら、本当にきづいたらついていけなくなっていました。
そのうち、主専の人に主専を切ってるやつと言われていると同期伝えに知って、不真面目キャラになりつつあるのがショックだったので、主専も導入も教養も秋からは本気だして頑張ります!!!
少し長くなりましたが、自己紹介をしたいと思います。
私は生まれてから小6までずっと長崎の田舎のほうに住んでいた生枠の長崎人で、それから中2まではインドのど田舎に住んでいました。中3から東京に移り住み、茗渓学園に編入しました。長崎弁とはとうの昔におさらばしとるけんね、標準語はばっちしです!
そして今に至ります。
不思議ですね、ずっとど田舎に住んでいたせいか夢の大学ライフをきゃぴきゃぴな街で送るより多磨で送れることに日々喜びと安心を感じています。
ラグビーをはじめたのは、水泳部の幽霊部員になりかけていた時に友達に誘われたのと、ラグビー家系なのもあって昔から親近感を覚えていたからです。
高2からはじめたラグビーは高3の菅平で一旦終えることにしました。
大学でも続けたいなぁと思っていましたが、外大に女子ラグビーはないし、少々ラクロスに惹かれていたのでラグビー部に入る気はあまりありませんでした。
ですが、!ガレリアでラグビー部の新歓雑誌を見ていたら偶然近くにいらしたくるみさんが声をかけてくださり、それから新歓にたくさん参加させて頂いて、雰囲気と先輩方が好きすぎて入部してしまいました!
くるみさん、ありがとうございます!
そして練習に入らせて頂いているプレーヤーのみなさんとスタッフのみなさんには日々感謝と申し訳なさでいっぱいです!ありがとうございます。
すみません、ずいぶんと長くなりましたが自分語りはここら辺にしておいてはやとからの質問に答えます!ララランドばかにしてアナー・アースィフ!!!!
インドでの経験は濃すぎて選びきれないですが個人的ベストを紹介します。
一番覚えているのは転入先のクラスメートと担任の先生に数日間男子だと思われていたことですかね。制服を買いに行った時も、男子と間違われて男子の制服を試着させられそうになりました。一番衝撃だったのは、ビザを申請する際に男子と間違われた時です。そのビザは大きくVOIDというハンコ跡と共に今でも私のパスポートに堂々と居座っています。我ながらインドビザを2つも所持していることに誇らしさを感じます。
どうやら私のドギマギドタバタインドライフはインドに発つ前から既に始まっていたようです。
べりべりショートカットだったのが大きな要因だったと信じたいですね。
我らがバナナみっしゅに質問して終わります。ラグビー部に入ってからの楽しかった思い出を教えてください。
最後までお読みいただきありがとうございました!
それではアデュー!!
いやベンガル語で言わんのかーい!
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